今朝、一緒に来たThogoがナイロビへと帰っていった。彼は別の仕事もあるためだ。オレは一人でしばらく滞在することにした。もっと村の様子を見たいし、村の人と話をしたい。そしてオレのことも知ってほしい、と思ったのだ。
今日は村のチェアーマンと行動を共にした。彼は地域のことを本気で考えており、病院二棟、薬屋一つを運営していた。「これはビジネスだけど、儲けじゃなくて地域のためにやっている」と彼は言った。こんなすばらしい人物が村にいて、実際に活動している。しかも受け入れの中核にいてくれる。さまざまな面で、活動がやりやすくなるだろう。
その後数日かけて村人の家を訪ねたり、教会に顔を出したりと、多くの人とふれあい、そしてオレのことやプロジェクトのことを話して回った。どこかに寄る度にチャイが出てくる。それを断るのは失礼になると聞いていたので、飲み干す。訪問する場所が多ければ多いほど、チャイを飲む回数も増える。毎日毎日、腹がタプタプしていた。地元の人たちは笑いながらこう言った「ケニアはいつでもティータイム!」
昨夜はバスの中で跳ねていたので、眠れなかった。けれど、その寝不足を吹っ飛ばすくらいすばらしいミーティングが開かれ、驚いた。小・中学校の先生、村の重役、隣村の重役なんかが集まってきて、団体やプロジェクトの説明を行った。現地職員が事前に話をしていたので、スムーズにことは進み、少しの審議時間の後、開催することが決定した。その後、一緒に行った現地職員のThogoと次の段階の話を進めた。
夜は少人数で、具体的な中身についても触れた。現在、村が自主的に行っている学校増築作業があり、その手伝いをしてほしいという提案が出た。生活に必要な木を絶やさないために、植林をしたいという案も。そして、これは勢いで出た案かもしれないが、日本語を教えてほしいという要望もあった。日本語を教えるだけでなく、ボランティアがスワヒリ語を学ぼうということにもなった。先ずはこの3つを柱に、ことを進めていこうということで話は進んだ。
以上の3つは、今回のプロジェクトの手段であって目的ではない。以上の作業を通して交流を深め、お互い理解しあうことが今回のプロジェクトの最大の目的だ。また、滞在中に住民の要望を汲み取って、来年以降につなげていくことも欠かせない。お互いの信頼関係を築き、楽しく、かつためになるプロジェクトを参加者全員で構築していくのだ。
またまたアフリカではよくあることだが、今朝ミーティングをしたらワーク場所が変更になっていた。昨日の段階では全くそんな話出ていなかったのに、いきなりそのように告げられた。一体いつ決まったのか不思議だ。しかも、今夜出発するという。こんな突然決まるなんて。驚くばかりだが、現場に行けるということで非常にうれしい。
一度宿に戻り、パッキングやらメールのチェックやらを済ませた。そして夜行バスに乗り込んだ。せまい。普通に座るとひざが前の座席に当たるくらいせまい。横もせまい。隣に座っているThogoと超密着だ。この状態で約12時間か。長いな。
道中もすごかった。アフリカの道はそこらじゅう穴ぼこだらけで、運転手は穴をよけるように車を走らせるのだが、穴がありすぎてよけきれないのだ。そしてジャンプする。おんぼろバスだから一層ジャンプする。長時間座ってケツが痛い、というようなレベルではない。まるで硬いトランポリンのようである。そういえば以前ケニアからウガンダへ行く際バスに乗ったときは、雨が降ってきたなと思ったら車内にも雨が降ってきたことを思い出していた。これくらい当たり前なのだろう。
そんな状態でバスの中で跳ねながら、明け方着いた。まだ真っ暗だけど道路わきで数人がたむろしている。何してんだ?と近寄ると、かれらはマンダジ(揚げドーナツ)を揚げていた。その輪に混ぜてもらい、一緒に火を囲みながらおしゃべりをして明るくなるのを待った。バスの振動のせいだろう、体はビリビリしている。
ついにここまで来たのだ。今回のケニア訪問の最大の目的、現地訪問。ここで地元の人の声を聞き、この目で見て、この肌で感じるぞ。それを日本に持ち帰るのだ。
アフリカではよくあることだが、突然予定が変更になり今日はプロジェクト場所へ行けなくなった。予定では今日から1週間ほど現場訪問するはずであった。しかし現地とのやり取りがうまくいかなかったらしく明後日に行くことに。まぁ、アフリカではよくあることだ。
という訳で、予定を変更してノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイさんの団体The Green Belt Movementを突然訪問した。「日本からやって来ました!」と言えばなんとかなるだろうと思ったのだ。そして「日本から来ました!」と言ったら、なんとかなった。残念ながらマータイさんはいなかったが、スタッフが対応してくれた。プロジェクトの概要を話して、何らかの形で関わることはできないかと尋ねてみた。そして本番の時に事務所訪問ができること、その時にマータイさんがいたら話ができること、私たちのプロジェクト場所近辺のスタッフと連絡を取れること、などが決まった。やってみるもんである。
別のオフィスの訪問もさせてくれ、団体についての様々な話を聞かせてくれ、非常に親切にしていただいた。私の単純な発想「ケニアで植林といったらマータイさん」が現実に関わりを持つようになってきた。面白いもんだ。その時に国連環境計画(UNEP)も紹介してもらうことができた。現在UNEPがThe Billion Campaignというプロジェクトを実施しており、それに組み込んでみたらどうかと言われたのだ。2007年中に世界で10億本の植林をするという。予想外にUNEPが出てきた。だが、これは大きなチャンスである。
その後JICAのオフィスも訪問した。自分たちの存在を知ってもらうためにも、そして様々なアドバイスをもらうためにも、ケニアにいる多くの人とつながろうと思ったのだ。JICAは高橋さんという女性が対応してくださり、ケニア生活に関するアドバイスやプロジェクト実施に関するアドバイスなど、貴重な意見をいただくことができた。しかも本番前にミーティングをしてくれたり、ナイロビ案内の地図をくれたりといったことも約束していただけた。さらにその時に近くで活動している協力隊員がいたら、連絡を取ってくれるという。どんどん面白いことになってきた。
こんな感じで、突然の予定変更ではあったが、そのおかげでいろんなことができた。アフリカでは臨機応変にやる能力が必要であると改めて実感した。
「ジャンボ!Welcome to Kenya again!」2007年2月、私は再びケニアを訪れた。今回の滞在の目的は、今年の8,9月に現地団体「KVDA」と合同で行うプロジェクトの現地視察と打ち合わせのためだ。私はそのプロジェクトのコーディネーターなのである。
前回ケニアに来たのは、ウガンダで中長期ボランティアに参加した帰りである。アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ、最も美しいとも言われるケニア山を一目みたい、との思いから、1ヶ月ほどの時間をとり、ケニア一人旅を楽しんだ。
今回ナイロビに着くと、前回ケニアに来た際、知り合ったケニア人たちが、いつもの場所でたむろしていた。「まだたむろしてんのか。こいつらいつまでここにいるんだろう?」と思ったが、私のことを覚えてくれただけでなく、今日はパーティーがあると教えてくれ、連れて行ってくれた。意外といいやつ等なのである。
次の日はスタッフのThogoと一緒に、現在行われているKVDAのワークキャンプを見に行った。まずはKVDAのワークキャンプがどんなものであるか、を知るためである。ナイロビからマタツで1時間ほどのところにあるMachakosまで行き、そこからさらに1時間弱バスに揺られて着いた。丘の上に位置し、景色が非常によい。
参加していたのは、フランス人、オランダ人、オーストラリア人そしてケニア人の計10人ほどだ。彼らのワークは、水源までの道を確保するための道路整備。それと、途中がけ崩れしているため、そこの穴埋めである。穴埋めと言っても深さ20mほどもある巨大なものだ。
作業はボランティアに加え地元の人も大勢集まり、手に鍬やショベルを持ってひたすら土を掘り起こす。まるで中長期ボランティアでACEのプロジェクトに参加した時のアメリカの国立公園でやった作業のようだ。しかし皆、特に地元のおばちゃん達はそれほどシリアスではなく、歌ったり踊ったりとお祭りのようである。9時頃から始まった作業は11時には終了した。昼間は暑くて働けないのだ。これに関してはウガンダでも経験済みなので、非常に理解できる。
ここに1泊し、夜も歌や踊りで楽しんだ。作業自体は1日に2時間ほどしか行われていないかもしれないが、常に地元の人と交わり生活している。すばらしい国際交流である。だが、自分たちのプロジェクトに関しては、地元の人や参加者との相談が必要である。思いっきり働きたい!という声もありうるからだ。
オリエンテーションはここまでで、次の日から本格的にプロジェクトのために動くのである。この先何が待ち受けているのか。ワクワクドキドキだ。
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