PLAS の blog

November,2008
2007-05-28 16:23:10


フィアメーラ -小さな炎-


南アフリカ共和国。忘れてならないのは、10数年前まで、アパルトヘイトという人種隔離政策が行なわれていたこと。
自由を求めて闘いを続けた歴史の中で、多くの若い命が失われた。成功した黒人ももちろん増えているけれど、多くは今だ貧困の中にいる。
そして、都市にあるかつての黒人居住地区はタウンシップと呼ばれ、マッチ箱のような家々が密集して建ち、その周囲をスクウォッターキャンプと呼ばれるスラムが取り囲む。
そして、2000年以降。今、この国が闘っているのはエイズ。
フィアメーラという子の話をしよう。「小さな炎」という名前の女の子。エイズ末期患者の入院する小さなホスピスの小児病棟で育った女の子だ。
フィアメーラは2歳でこの病院に入った。母親が死んでしまい、育ててくれる親戚もいなかったから。父親が誰だかはわからない。
フィアメーラも母子感染により、HIVエイズに感染している。
母子感染をほぼ防ぐといわれている薬や粉ミルクが妊婦に無料で提供されるようになったのは、彼女が生まれたしばらく後にできた政策だ。彼女は当時4歳(4歳は病棟では上から4番目の年齢)。
その当時、彼女が治療を受けられる望みはなかった。フィアメーラには、別の部屋で出会った症状の重い子どもとは比べ物にならない力強さがあったが、彼女の顔に目立つおできとコブに、一見元気に見える彼女の免疫力が低いことを悟る。まだはっきりと発症はしていないのだろう。
ある土曜日の午後に、屋外の広場に紙を広げてみんなで絵を自由に書いたときに、彼女はただ一人、「私と死んだママ」といって絵を見せてくれた。
「ママ、優しい人?」とだけきいてみたら、「もちろん!」と彼女は答えた。なんだか、それで私は、うれしい気持ちになった。
「小さな炎」なんていう素敵な名前をつけたママがどれだけ彼女を愛していたか、そういう発想は子どもの彼女にはない。でも、死んだ母親がどれだけフィアメーラと一緒に生きていきたかったか。そのことを彼女の名の素晴らしさとともに彼女に伝えていく責任が彼女と出会った私にもあると感じていたから、「ママが好き」な彼女がうれしかった。
一方で「ママのいない」彼女の環境に「寂しさ」という感情を勝手に想像してしまい気が狂うようなとまどいと切なさを感じるたびに、目の前でたくましく生きる彼女に勇気づけられる日々だった。
でも、そんな彼女の心の一端を知るできごとが数ヶ月後にあった。洗面所に一緒に手洗いに行ったときのことだ。
免疫力、抵抗力の低い彼女たちは、栄養のある食事や十分な睡眠や、遊びを通した体力づくりに加えて、清潔を保ちウイルスや悪い菌から体を守ることが健康な子ども以上に大切だ。
この手洗いの時だった。子どもの目の高さについた鏡にうつる彼女を見つめながら私は手洗いを手伝う。自然と「かわいいね、フィアメーラは」と口にでた。瞬時に彼女から返ってきた言葉は「ちがう!私は醜いのよ。」だった。ショックだった。
病院の中の限られた空間、制限された生活の中で育っている彼女がどこかで覚えた、「醜い」という言葉。どこから自分にそれが結びついたのか。彼女は英語ではっきりと「ugly(醜い)」と言った。

この世の中にあるたくさんのマイナス表現。マイナスの評価。大人の使う言葉や態度を、子どもたちは知らぬ間に吸収して真似たり自己評価へとつなげてしまう。
人によってはあからさまに指をさして「あの子かわいいわね」などと、まるで買い物に来たかのような里子探しをすることもしばしばだ。相手が白人だと、黒人のスタッフは悲しいことに注意をしない。萎縮する人もいるし、大きな寄付金を逃がすことで患者達の生活を破綻させるわけにはいかないので耐えていることもある。それらの大人たちのやりとりを子どもは、大きな瞳で逃がさず見つめている。
それからの日々、フィアメーラは髪を伸ばすことになった。黒人たちは元来とてもおしゃれだ。髪の強いカールをうまく利用して、きれいな編みこみをつくる。スタッフは、定期的に思い思いの髪型で彼女をおしゃれに変身させた。

2004年に入り、病棟の子どもたちが治療を少しずつ受けられることになった。画期的なできごとだ。最初のメンバーに彼女は入らなかったので、相変わらず、定期的に胸が痛くなったりしてはいたけれど、少なくとも彼女の問題のコブをきちんと検査して時期をみて治療するという方向がようやくだされた。
4歳まで力強く生きてきた彼女にこれまでの見込みよりも長く生きてゆくためのチャンスが生じた。
それから、髪のおしゃれを含めて、年下の子どもの面倒をみたり、よく手伝いをする彼女へのプラスの声かけが増えたことも多少は影響したのか。彼女は自分のことを「醜い」と口にしなくなった。「フィアメーラ、かわいいね」そう伝えたときに、「違う」とは言わずに、逃げたりせず、うふふと笑うようになったのだ。
時々、「私のママになってね」と、そんな風に甘えてくる時があった。私は、日々子どもに感情移入しては、それぞれの子どもたちの将来を想像してはどきどきと期待と不安にさいなまれる。子どもと真剣に向き合うことの難しさ。でも、フィアメーラの方が大人だった。しばらく膝の上で抱きついていた彼女は、スタッフが夜のティータイムのお茶を持って部屋へ入ってくると、いつもの「みんなのお姉さん」として、皆を座らせに立ち上がった。他の子が「ママになってよ」と言うと、「彼女は南ア人なじゃいんだよ」「ここにいる間だけのママだよ」と言ってフィアメーラが諭してくれる始末だった。
そして2005年、フィアメーラはコブを除去する治療を受け、他の皆と同じくARV治療が軌道にのったところで、就学目的のために養護施設へと移っていった。
しばらくしてからその施設へ訪れた私の前には、急に大人びた彼女がいた。施設の職員の前でフィアメーラが私に甘えることは決してなかった。遠くからにやにやっと笑って頭をかいて見せただけだった。
ちょっと寂しかったけれど、私たちとの関係がどういうものであるかを最初から悟り、新しい環境に適応し強く生き続けている彼女の人生に中途半端に踏み込むのはもう無用なのだと思った。
彼女は、彼女の魅力をどれだけわかっているだろうか。どれだけ、この先笑っていってくれるだろうか。フィアメーラ、小さな炎。あなたの心が、悲しみを昇華させて、喜びに燃えゆらぐことを、願っている。


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