エイズ孤児キャンペーンの5話目のお話です!
=======
「ルワンダ―虐殺そしてエイズの向こうにある未来」
1990年、ルワンダでは当時の政府と反政府勢力との間で内戦が勃発し、94年、100日間で100万人が殺害されるという大虐殺が起こりました。多くの子どもが虐殺で親を失いました。またこの国の子どもたちが親を失う原因のひとつにはHIV/AIDSの蔓延もあります。
シェマ・パシフィックもエイズで親を亡くした少年の一人です。
彼の名前、シェマとは、キニヤルワンダ語(現地語)で「誇り」という意味です。シェマは1998年、ルワンダ南部のブタレ県で生れましたが、彼は両親を二人ともエイズによって失いました。そしてほとんどの親戚は虐殺の時に殺されました。虐殺とエイズによる家族や親類の死―でも幼いシェマには、その死についてすら理解することはできませんでした。
彼は生き残った親類である、当時まだ高校生の叔母と8歳になる兄と一緒に暮らしていました。虐殺後のルワンダには、こうした子どもだけの世帯がたくさんあります。でも子どもたちの力だけで、虐殺の痛手を負った社会を生き抜くことはとても難しく、食べるだけで精一杯でした。彼らはルワンダの孤児院から支援を受けながら生活をしていました。
シェマは2003年から奨学支援の対象となり、小学校に通うこととなりました。学校に行けることになった彼は、とてもよろこんでいます。学校では歌うことが好きで、もっとたくさんの歌を習いたいと思っています。また、彼には仲のよい友達が三人いて、よく一緒にサッカーをしています。家では、水をくんで叔母の所に運んでいくのが日課で、自ら好んでしています。そんな彼の将来の夢は、車の運転手になることです。
私たちの見たシェマは、とても明るく利発な子どものように思えました。幼くしてお父さんもお母さんも失った彼が、どうしてそんなに明るいのだろうかと、いつも思います。両親たちの「死」という悲劇を体験しながら、でもそのような死を越えて、今を「生」きる子どもたち。そんなシェマたちの明るい瞳が「未来」を見出すことができたら―私はそんなことを願いながら活動を続けています。